【善光寺のお土産はココ】
仁王門を過ぎると仲見世になります。
駒返り橋までの約150m、参道の両側にお土産を中心とした店が軒を連ねます。
善光寺参道らしく、仏具を売るお店もあります。
仲見世商店会のサイトによると四十数店舗が参道に面しています。
店の前でおやきやソフトクリームを食べる観光客の姿も見慣れた風景になってきています。

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【善光寺のお土産はココ】
仁王門を過ぎると仲見世になります。
駒返り橋までの約150m、参道の両側にお土産を中心とした店が軒を連ねます。
善光寺参道らしく、仏具を売るお店もあります。
仲見世商店会のサイトによると四十数店舗が参道に面しています。
店の前でおやきやソフトクリームを食べる観光客の姿も見慣れた風景になってきています。

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【三面大黒天・三寳荒神像】
二体の仁王像に圧倒されて、あまり注目されることが無いのですが、仁王門には三面大黒天と三寳荒神像が北面に安置されています。
作者は仁王様と同じく、高村光雲とパートナーの米原雲海です。
仁王像は鳩よけの金網がありますが、東・南・西から光が当たりよく見えるのですが、北面の神様は格子があり、しかも光が北面からのみということもあって、近づいて見上げないとほとんど見えません。

一応写真には撮ってみましたが…。

三面大黒天

三寳荒神像
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【昔はここが大門?】
以前、鳩文字信号機で信号機の場所を「大門」と書きましたが、写真を見るとこの信号機は「善光寺」となっています。
昔はこの中央通の突き当たりの善光寺入口を「大門」といっていた気がします。
バス停の名前も「善光寺大門」だったはずですが…。
現在の「大門信号機」はもう一本下になっています。
修景事業などが進み、現在の大門信号機より上は道路の舗装も石畳になっています。
両側に石灯籠もあり、ここが善光寺の大門(正式かどうか分かりませんが)だった場所かもしれません…。

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【現在は道路の附属物だとか】

紹介し忘れましたが、善光寺の「鳩文字時信号機」の反対側に「長野市道路元標」があります。
「北緯 36度39分 東経138度11分 標高392,08メートル」とのことです。
首都高に挟まれた日本橋の「東京市道路元標」と橋の中央「日本国道路元標」は有名ですが、「長野市」の元標はここに鎮座しています。
もっとも、現在は道路元標とはいっても国道などの基点にはならないので象徴的な意味で、ということですが。

お正月はこんな感じです♪

昭和29年の町村大合併前の我が地区の道路元標…昔の役場跡にありました。
道路元標…ウィキペディア
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【永田兵太郎氏の寄付!】

善光寺の仁王門は明治24年に焼失し、それから20数年かけて再建されました。
そのエピソードが書かれている「善光寺仁王門再建」を拝見して、ビックリ!
「阿・吽」の像は高村
光雲が米原雲海をパートナーとして作った話はよく聞きますが、建設費用は長野県山形村の永田兵太郎という方の寄付で賄われたものだったんですね。
当時の費用6万9千円は千円で家が建つ時代、現在なら、数十億円だとか…。
「永田兵太郎」とネットで検索してもあまりヒットが無く、忘れ去られている感じです。

掛かっている額は「定額山」です
ウィキペディアによると、『山号は定額山(じょうがくさん)。古えより、四門四額(しもんしがく)と称して、東門を定額山善光寺、南門を南命山(なんみょうさん)無量寿寺(むりょうじゅじ)、北門を北空山(ほくくうさん)雲上寺(うんじょうじ)、西門を不捨山(ふしゃさん)浄土寺(じょうどじ)とする。』←???

筋骨隆々!

見上げると迫力があります!

裏へ回ると、こんな感じです
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【文殊菩薩】
前回に書き落としてしまいましたが、大本願の門を入って少し左に行くと文殊堂があります。
「三人よれば文殊の知恵」などといわれるとおり、文殊様は知恵の菩薩…私のお正月は善光寺でお参りを済ませ、必ずここでもお参りをすることにしています。
小さなお守り(お札?)が置いてあり1枚いただいてきます。

文殊堂の隣に阿弥陀如来を背負う本田善光像があります。
物部氏と蘇我氏の争いで、難波の堀に捨てられてしまった阿弥陀如来様が善光の背中に乗り移り、善光はこれを信濃に持ち帰ったというのが善光寺の始まりといわれています。

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【もう10月だ!】
忙しさにかまけていたら、もう10月です!
9月は夫が地区の役員をやっているため、運動会や敬老会、お祭りとそこら中に顔を出して…、あっという間に過ぎてしまいました(法事もありました)。
前回(はるか昔)にUPすると書いた善光寺関係の写真を貼り付けます。

鳩文字の信号から参道の石畳が続きます…仁王門から善光寺本堂までの、長さ約450m、幅約8mの一直線に伸びた参道の石畳は俗に7,777枚あるといわれています。

こちらは、前回の鳩文字信号機の少し先の「大本願」です(参道の西側)。
白い壁に横線が5本引かれているのは、五摂家の意味で、ちょうちんは天皇家の菊の御紋!
扉の模様は、天皇家の菊の裏紋で女性を意味しているそうです。
尊光上人(聖徳太子妃)を開山上人として代々の尼光上人より継承され、1400年にわたり善光寺如来にご奉仕されてきたそうです。現在の尼公さまは、善光寺上人第121世鷹司誓玉大僧正(たかつかさせいぎょくだいそうじょう)という方です。

これが「菊の裏紋」です!
門のすぐ隣にも立派な門があります。
こちらの門はいつもは閉まっていますが、お正月は自由に出入りができます…(↑もちろん、お正月の写真です)。

大本願のすぐ隣は、善光寺の「仁王門」です。
次回は「仁王門」の写真です (^^♪
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【来年は御開帳です】
ちょっと用事があって善光寺の大門(正面玄関)の辺りへ出かけました。
大門の信号機を見ると…「鳩文字」になっている!

知らない方も多いと思いますが、山門の「善光寺」という額の文字の中に鳩が5羽隠れています♪
また、「牛に引かれて善光寺参り」なんて話もあり、善の字が「牛」の形をしているとわれてもいます。
来年は7年に一度の御開帳…善光寺界隈も少しずつ環境整備がすすんでいます。
こちらは山門の工事中に掛けられていたもの…
レプリカだと思いますが4羽まではよく分かります(牛の顔も)
久しぶりの善光寺で少し写真を撮ってきたので次回にUPします。
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